末期肝臓がん闘病記

末期の肝臓がんの転移を含めた症状や治療法、名医との出会いについての闘病記

闘病記― 末期肝臓がんと名医との出会い


ガン治療に最も効果的な食事法

末期肝臓がんになり名医を探そうという気力もなくしかけていた頃、初めに検査を受けた病院では十分な治療や手術が受けられないということで、転院を余儀なくされました。最初の病院に思い入れがあったわけではありませんし、偶然検診を受けただけのことですから、特に気にもとめずに承諾したのですが、今になって思えば、それが名医と出会うきっかけとなったのです。

完治は困難と診断された末期肝臓がんでも名医が治療を行ってくれたら、話は変わるかもしれない。それは心の片隅に残されていた淡い希望でした。何かのドラマか映画で見たような、奇跡が自分の身に起きないと断言できるだけの根拠はありませんから、期待することがばかげているともいえないでしょう。

転移も進んでいましたし、自ら積極的に末期肝臓がんの名医を見つけようという気持ちはなかったのですが、転院先で担当してもらうことになった医師と話しているうち、心が和んでいくのを感じていました。死が遠い未来のことではなく、身近に感じられるようになった時、世界有数の平和と安全を誇る日本にいながら、戦場にいるような焦りと緊張感を強いられていたのに、少しだけ圧迫感が薄れたのです。

その医師は過去にも同じように転移が認められる患者を看てきた経験があるということらしく、私の心情についても理解を示してくれました。末期肝臓がんの名医の条件として、患者と真摯に向き合い、理解しようとするという項目があるなら、間違いなく合格でしょう。

なかば病院などどこでもよいと自暴自棄になりかけていた私にとって、この医師の存在は大きな支えになるであろうことは、初日に予感したことです。検査結果を受けた時と繰り返し部分になるかもしれない、と前置きをして語り始めた症状や転移の状態については、以前のものと大差あるものではありませんでしたが、打つ手のない状態ではないという話です。

いくら名医でも末期肝臓がんは治療できないものだと思い込んでいた私にとって、これは朗報でした。手遅れだと診断されれば救いがありませんが、生存率が高くはないながら、可能性はあると告げられれば、そこに希望の光を見出すことができます。

抗がん剤を使った化学療法や、外科手術、放射線治療などが基本的な治療法としてあるそうです。聞きなれない言葉ですが、エタノール注入療法や肝動脈塞栓法というものもあるらしく、これらは比較的初期症状の時に使われるのが原則ということです。さらに、動注化学療法とインターフェロン併用治療や、経皮的肝灌流化学療法という方法も開発され、実用化されているということで、治療方法については現在でも進歩が続いているようです。

このように、たとえ末期肝臓がんでも名医と出会い、上記のような多彩な選択肢から最適なものを組み合わせることにより、余命を延長することや、うまくいけば健康を取り戻すことさえ不可能ではないということを聞き、それだけで元気になりました。もう駄目だ、という諦めが人生を行き止まりへと導き、自ら限界を設定してしまうのでしょう。

アルコールの摂取が原因の一つというのは常識ですから、今では当然飲酒はしなくなりましたが、もう少し若いうちに思い切って禁酒をしておけばよかったと思います。名医が言うには、完全に禁酒しなくても、週に2日休肝日を設けることや、節度を保つだけでも違うそうです。

毎日浴びるようにアルコールを口にしていれば、体に無理がたたるのは当たり前のことで、浴びるようにとは大げさにしても、少なくらず毎日欠かさずにアルコールを摂ってきた代償が、ここに来て末期肝臓がんという形で現われたのでしょう。

必然的な結果でありながら、心の片隅では憤りを感じています。「なぜ自分が?」という自分勝手な思いは消え去らず、事故に巻き込まれたような気持ちなのです。アルコールを初めとして、生活習慣に問題があったのは間違いありませんが、その結果としてこれだけ重い病気を背負わされることになったのではたまりません。

そんなささくれだった気持ちを癒してくれるのも、末期肝臓がんの名医です。冷静でいながら親身に考えてくれていることが伝わってくる姿勢は、一見相反するようなのに、どういうわけか調和しているのです。これまで積んできた経験や人格がにじみ出ているということなのかもしれません。

検査を受けた時の病院の医師は、決して事務的というわけではなかったのですが、告知を行った時は戸惑いを隠せない様子でした。できるだけ早く他の病院に移して、自分の責任を果たしたい、動揺や混乱はその後にしてほしい、という気持ちが見え隠れしていた印象があります。

それに対して、末期肝臓がん患者を目の前にして、名医は見放すことなく、それぞれのエタノール注入療法や肝動脈塞栓法を初めとした治療法について、一つ一つどのような長所と短所があるかを懇切丁寧に説明してくれ、症状との相性についても教えてくれました。その態度を目の当たりにすることで、十分闘病生活を送っていけるだけの余地が残されていることを確信しました。

ただ少しばかりの延命をするしかないのなら、詳細な解説は必ずしも必要ありませんし、まして手術をした場合の術後の経過や、入院期間等、仔細な条件までの説明はしないのではないでしょうか?末期肝臓がんの名医として、これだけの方法があるのだから、がんばって生きていきましょうというメッセージを発してもらったものだと、私は受け止めています。

不思議なもので、まだやれる、という自信を持っていると、体の奥から生命力や自然治癒力が湧き起こってくるような気がして、このままがん細胞に負ける気がしないのです。この体は自分のもので、きっともう一度健康を取り戻せると思えた時、闘病生活は苦しいだけのものではなくなります。

いくら名医とめぐり合えたとはいえ、けっして楽観できる状態ではありません。まだスタートラインに立っただけという考え方もあるでしょう。それでも、確実に前進できたという自信を持つことができたのです。

闘病記―末期肝臓がん名医の治療


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末期肝臓がん名医から治療を受けることにより、余命を延長したり、完治を目指したりすることを切望する人は少なくありません。そんな気持ちをあおるように、末期肝臓がん名医に出会ったことで、それまでいた病院では見放されていたのに、すっかり健康を取り戻したという話が語られたりもしています。

人間にとって、生きることは本能の働きです。何はともあれ、生存したいと願うのは動物として、あるいは生物としての本能であり、その欲求を満たすために手術や抗がん剤などの薬が開発され、治療方法も研究されてきました。

それにより、たとえ末期肝臓がんであっても、名医から治療を受けることにより、生き延びることができる可能性も生じています。かつては不治の病として恐れられていましたが、現在では、医学も進歩しています。かつてのように、病気が進行してしまえば、それまでという状況ではありません。

そんな進化していく医学の恩恵を十分に受けるためにも、名医が必要です。末期肝臓がんを名医から治療してもらうことで、最適な処置を期待することができます。選択肢は色々あっても、そこから何を選ぶかが難しいのです。

少しのミスが命取りになる以上、専門医の技量は死活問題です。優秀な名医を見つけることで末期肝臓がんを克服し、健康な生活を取り戻しましょう。

“がんとの戦い”―名医との出会い―

闘病記―末期肝臓がん治療の問題点


ガン治療に最も効果的な食事法

末期肝臓がん治療することになって一つ後悔していることがあります。人生において、過去にまったくこだわりがないなどということはありえませんし、私にも記憶がある以上、それは同じことです。ただその中でも、忘れることのできない深刻なものもいくつかあり、その一つがこの末期肝臓がん治療にまつわる問題です。

もはや常識になりつつありますが、早期に発見しておけばそれだけ症状が悪化して他の内臓に転移してしまうのを防ぐことができますから有効なわけですが、そのためには定期的な検査を行うとか、体調に異常を感じたらすぐに検診に行くという対応が必要です。頭では分かっていても、実際に行動にはなかなか移せないのが人間です。私自身、定期的な検査を受けてもいませんでしたし、結果として症状が悪化してからの発見となり、末期肝臓がん治療するという自体に陥りました。

生活習慣を思い返してみると、ほとんど休みなく毎日アルコールを飲んでいましたし、それを若い頃から続けていたのですから、原因が自分の行動になかったとは言えません。ただ、少なくともこれまでは大きな病気にかかったこともなく健康に暮らしてきましたので、そこに油断があったのかもしれません。周囲に休肝日を設けるように勧められても、楽しみがなくなるからと毎晩の晩酌を止めることなど真剣に考えることもなくアルコールの摂取を長年にわたって続けてきました。

実際に末期肝臓がんを患って、治療を中心とした生活に一変した今となっては、若気の至りという一言ではすまない暮らしを送ってきたと悔やまずにはいられません。せめて検査を年に一度でも受けていれば、もう少し自体は好転していたはずです。ここまで症状が進み、転移も起きてしまっているとなると、いくら治療したところで効果は限定的だそうです。

延々不摂生を続けてきたのですから、当然の帰結といえばそれまでなのでしょう。もし他人がそのような愚痴をこぼしていたとしても、健康な頃なら自業自得だろうと一蹴していたことでしょうし、それだけの落ち度があるのでは悲劇だか喜劇だかもわかりません。末期になるまで十分な治療もせずに肝臓がんを放置しておくなど、愚の骨頂と言わざるをえません。

もしもタイムマシーンにでも乗って若い頃の自分に会うことができるのなら、週に2日はアルコールを飲まない日を作ることと、定期的に検査を受けるように忠告するのでしょうが、それを若き日の彼が聞き入れるかははなはだ怪しいものです。妙な男のたわ言として聞き流してしまうというのが、予想される反応でしょう。
結局、治療は肝臓がんが末期になってから行うというのが私の運命なのかもしれません。

ありがたくはない宿命ですが、すでにその状況に置かれている以上、現実逃避をするわけにもいきません。ただでさえ転移は進んでしまっているのですから、放置しておけば余命が縮んでいくのは明らかです。末期肝臓がんの治療に画期的な方法が開発されることを心の片隅で期待しながら、いつのまにかすっかり慣れた病院の消毒用アルコール臭い廊下を歩いている日々です。

闘病記を読んでいると、名医とであったことで劇的に症状が回復するという話も出ていますが、そもそも名医がどこにいるのかも知りません。それに、名医だってマジシャンではないのですから、すっかり転移が進んでしまった症状をぱっと消し去るというわけにはいかないでしょう。末期の肝臓がんを治療してくれれば、いくらかは寿命が延びるのかもしれませんが、そのために残された人生の大部分を使ってしまうことには抵抗があります。

手品師のように怪しい格好をした医者が出てきたら警戒しますが、担当医は付き合っている限りまともに医者らしい風格を備えていますし、特別問題があるようにも見えないので、このままでいいように思っています。少なくとも、これまでの経緯を知っているという長所がありますし、末期肝臓がん治療についても動じずに対応してくれているので、あえてこちらから他の医者に鞍替えをするような理由は見つかりません。

誰しも永遠の命を手にすることはできませんし、限られた時間をどのように生きていくかが人生の価値だと考えるなら、今さら悪あがきをするよりも、末期に至った肝臓がんを治療しながらも、毎日の暮らしを大事にすることが自分に与えられた使命のような気がします。世間に大きく貢献できるような大事業を起こす能力などありませんが、誰かが誇りと尊厳を持って暮らしていれば、それがほかの人にも影響を与えて伝染し、やがては社会を変えていくのかもしれません。

そう考えると、私の人生は死を待つだけの受け身のものなどではなく、最後の炎を燃やすために賢明に生きていく価値があるものだということになります。転移は恐ろしいことではありますが、末期肝臓がんを治療しながらでもこれだけ充実した暮らしを送ることができるのだという証明をするためにも、私は病に屈するわけにはいきません。

闘病記―肝臓がんで腹水が・・・


ガン治療に最も効果的な食事法

肝臓がんが原因で腹水が出てしまっても、むやみに抜くことはできないそうです。栄養がたまっているもののため、抜いてしまえばそれでよいというものではないということです。他の方の闘病記を読んでいても、慎重な対応を勧めているものが多く見られます。

それだけに肝臓がんで腹水がたまった場合には、医師との相談のうえで対応を協議しましょう。末期の症状の現われとして見られることもありますので、看過することはできません。現在の症状がどのような状態にあるのか、病院でよく確認しておきましょう。自分の症状について把握しておくことは、今後の治療の見通しを立てる上でも大切なことです。

気になる方は肝臓がんの闘病記を読んで腹水についての体験談を調べてみてもよいでしょう。普段なら腹水を気にすることはないと思いますので、なおさら医師との相談が必要なのです。病気がすでに発覚している以上、ささいな体調の変化だって見逃すことはできません。医師でもなかなか気付かない兆候もありますので、ちょっとしたことでも気付いたら、念のため主治医には報告しておいた方がよいでしょう。それが肝臓がんによる腹水や治療と関わりなければそれで問題ありませんし、もしかしたら一言伝えなかったばかりに事態が悪化することを防ぐことはできます。

闘病記―肝臓がん転移という現実


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肝臓がん転移が進んでいくと、他の臓器まで病気に冒されることになり、手術でや抗がん剤治療では間に合わない状況に陥ります。そのため、予防を徹底するということが本来求められることになります。症状が悪化してから慌てるよりも、備えあれば憂いなしとばからに事前に対策を練っておくことが大切だというわけです。

私の場合には、肝臓がんの転移が進んで末期と呼ばれるところまで来てしまったので、根本的な完治ということは難しいそうです。健康的に規則正しい生活をしていたと胸を張って言えるだけの自信もありませんし、アルコールも毎日の晩酌で口にしていたので、せめて定期的に検査は受けておけばよかったと後悔しています。自分は人よりも特別健康だとは思っていませんでしたが、死を意識するにはまだ若いという気持ちがあり、そのことが油断を生んでいたのかもしれません。

まさか自分が肝臓がんにかかっていて、転移までしているなんて想像したこともなく、体に不調は感じていたものの、もっと軽い病気だと思っていました。分かっていれば治療を始めることもできましたし、元のように元気になれるなら手術を受ける事だっていとわないつもりですが、それすらも叶わない夢となってしまっています。完治はできないにしても、症状を和らげるために通院しているのですが、もう疲れたという気持ちがないかと問われれば、はっきりと返答はできないでしょう。

癌細胞が肝臓だけではなく他の臓器にまで転移してしまうという事態を招いてしまったのは、一つには自分の体への配慮のなさが要因でしょう。アルコールだって休肝日を設けたほうがよいとは知りながらも、結局実行に移すには至りませんでしたし、定期的に検査を受けていたわけではありません。深刻な病気になるなんてずっと先だという思い込みだけが心の拠りどころでした。

いざ病院で医師に呼ばれ、肝臓がん転移が見られるという告知を受けたときには、一瞬意識が遠くに飛んでいってしまい、急にどこか現実感のない光景のように思えてきて、宇宙人と語り合っているような気持ちになってしまいした。遠い惑星からやって来た宇宙人から地球の危機を告げられたような胡散臭さを感じて、こんな話は真剣に聞かなくても大丈夫だろうという気持ちがあったのです。病院を後にして帰路に着いてから、いつの間にか日没の時間帯になっていたことに気付き、夕日に照らし出された見ず知らずの民家を見ていたら、急に寂しい気持ちになってきて、これが死を意識することかもしれないと急に泣き崩れそうになりました。

肝臓がんが転移しているとなると、治療もままならないらしく、後は安静にして抗がん剤を服用するようにとの指示でした。医師の話が100%正しいものなのか、それともどこかに落ち度があるのか、しばらくはそこに焦点が当たっていました。まさか宇宙人ではないにしても、医師の話が絶対に正しいという保証があるわけではありません。もしかしたら、診断ミスということもあるかもしれないのです。

しかし、症状についての説明を受けた限りでは、もっともらしいことを行っていましたし、肝臓がんの転移を否定できるだけの材料は見つかりません。疑心暗鬼になる時間帯と、これが現実だと認識する時間帯とが交互に訪れ、頭のなかをかき乱していきました。こんなにも混乱したことなど、少なくともここ10年以上はなかったことです。若い頃には結婚やプロポーズのことで悩んだりもしましたが、今回はそんな前向きなものでもありません。

末期とはいっても、余命わずかというところまで来ているというわけではないので、治療をして延命をしているという状況です。少しでも肝臓がんがこれ以上転移しないことを祈りながら病院に向かうと、穏やかな表情で主治医が迎えてくれていて、かつては宇宙人のようだと失礼なことを思ったことを反省しながら、もしかしたら名医なのかもしれないと最近では思い始めています。自暴自棄にならずにいられる理由の一端は、主治医への信頼感が挙げられるでしょう。

若い頃には、アルコールの害といえば二日酔いと相場が決まっていたものですが、いつの間にかそんな呑気な話では済まされない年齢になってしまっていたようです。ストレスを抱えながらも仕事をして、必死に生きてきた結果がこれだと分かっていたら、もっと別の生き方を選択していたのかもしれませんが、それも結果論でしかありません。現実には転移は進んでいますし、症状は最期まで消すことはできないのです。

賢い人から見たら、もっと体調管理をしっかり行って、検査で早期発見していれば治療の方法だって充分にあったはずだという話でしょう。それができなかったからこそ、今の状況があるわけですから、あまり賢明ではない人生を送ってきたということなのかもしれません。それでも、今までの暮らしを全面的に否定するつもりはありません。

幸せな思い出もありますし、自分にはこの生き方しかなかったと断言することができるからです。肝臓がんが転移するまで放置しておいたことは後悔していますが、それをもって過去の全てまで否定してしまう必要はないでしょう。今でも、私を支えてくれる多くの人たちがいますし、それは病気が発覚しなくては気付けなかったことです。

検査結果が出て、動揺する私を励ましてくれた友人や家族のためにも、最期まで精一杯生きていくつもりですし、毎日の暮らしを大切にしたいと思っています。織田信長の時代には、人生は50年でした。そう考えると、今の日本人が男女通算平均寿命が約80歳というのは、30年も余分に生きられる計算になっていることになります。

たとえ平均的な寿命の長さに至る前に、肝臓がんが転移して死を迎えることになったとしても、無駄だったことにはならず、濃度が薄かったことにもなりません。太く短くを信条に掲げてきたわけではありませんが、末期と宣告された今、あえて背筋を伸ばして暮らしていきたい気分です。ここで暗くなってしまったのでは、何かに負けてしまったような気がするのです。

グラスに半分の水が入っているのを見て、半分しかないと捉えるか、半分も残っていると考えるかはその人次第。転移に負けず、余生を有意義に過ごすことはできるでしょう。

闘病記―肝臓がんの初期症状


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肝臓がん初期症状を見逃さずに捉えることができれば、その後の治療に大きく貢献することになります。闘病記には様々な症例が載っていますが、共通して言えることは、末期になってから検査で見つかった場合よりも、腫瘍が小さいうちに発見した方が完治の確率が高いということです。まだ肝臓がんが初期症状の段階であれば、腫瘍も転移していないので、治療はそれほど難しいことではありません。

しかし、すでにリンパ節深くにまで転移が進んでしまったり、他の臓器にまで広がったりしてしまっていては、手術で悪性腫瘍を摘出することもできません。そうなると、広範囲に効果的な化学療法や放射線治療を併用することになりますが、肝臓がんの初期症状を過ぎてしまうと、高い治療の効果を得るために副作用も受けることになります。そのため、検査によって早期発見をすることが完治の鍵となります。

アルコールを多く摂取している方は、特にリスクが高いので注意してください。末期にまで進展してしまってから見つけても、治療は茨の道になることが珍しくありません。肝臓がんでも初期症状の段階であれば、現在の医学で対応することができます。早期発見の鍵となるのは検査ですが、定期的に健康診断を受ける習慣をつけておけば、そのリスクは大きく回避することができるようになります。肝臓がんを初期症状の段階で見つけるためにも、1年に1回は検査を受ける習慣を付けておきましょう。

転移性肝臓がんで大切なこと


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転移性肝臓がんとは、原発性に対する概念で肝臓以外の臓器にできた癌が血液にのって転移してきたものです。特に大腸がんや胃がん、すい臓がん、胆管がんなどの消化器からの門脈を通ってくる場合が多いのが特徴です。

初期症状については、転移性肝臓がんについても、ほとんど自覚がないのが現状です。そのため、早期発見のためには検査を受けることが必要で、超音波検査、CT検査、腫瘍マーカーの測定などを行います。

治療方法としては、手術がもっとも効果的な方法です。ただし、常に手術を適用できるわけではなく、肝切除に耐えられることや手術で病変が取り去れることなどが転移性肝臓がんの手術を行うための条件となります。

元々、他の部分から転移してきているわけですので、肝臓のみで他の臓器は無事とも限らず、実際には多臓器に症状が現われていることもあります。そのような場合には、転移性肝臓がんを手術することは難しくなります。そのような場合には抗がん剤等で対処するわけですが、手術ほどの効果を上げていないのが実情です。

また、肝動脈塞栓療法(TAE)とエタノール注入療法(PEI)は、転移性肝臓がんには有効な治療法ではありません。まずは他の臓器が腫瘍を持っていることを早期発見し、別の臓器にまで広がってしまう前に対処することが大切になります。もちろん、そのまま放置してしまえば、ますます末期症状に近づいてしまいますので、治療は早い段階で行いましょう。

肝臓がんの放射線治療の効果と副作用


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肝臓がん放射線治療を用いる際には、どれだけ症状の改善が見込めるかだけではなく、身体に与える負担も考慮する必要があります。思わぬ副作用に戸惑うようなことがないように、あらかじめ専門医から話を聞いておきましょう。

治療としては、肝臓がんに放射線治療を用いるほかに、手術による肝切除や経皮的エタノール注入療法、ラジオ波焼灼療法、肝動脈塞栓術、化学療法などがあります。これらと組み合わせて用いられることが一般的です。

放射線治療は手術と同じように局所療法ですが、転移によって手術では対応できない場合にも使えることがあります。そのため、手術によって取りきれなかった癌細胞への照射が行われることもあります。

ただし、放射線治療は、癌細胞の周囲の正常細胞にも照射されるため、副作用が出ることになります。副作用の内容としては、倦怠感、食欲不振、貧血、白血球・血小板の減少などがあります。事前の説明と異なると感じた時は、専門医に早めに相談しておきましょう。想定外の事態に陥っているとしたら、一刻も早く手を打つことが必要です。

また、肝臓がんに放射線治療を用いる際、通常は通院しながら1回当たり数十分で済み、手術のように入院や術後の体力低下がないというメリットがあります。そのため、患者さんとしては比較的気軽に受けられるかもしれません。

また、化学療法と比較すると、放射線治療は病巣とその周辺に照射するものであるのに対し、化学療法は抗がん剤を用いる全身療法で、癌細胞だけをピンポイントで攻撃するわけではないという違いがあります。

有効な処置の一つである以上、過剰に楽観視することも悲観することもありません。名医と呼ばれる専門医と十分に話し合って、納得したうえで冷静に肝臓がんの放射線治療について考えましょう。

緒形拳さんに肝臓がんの恐ろしさを見る


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緒形拳さんが肝臓がんで急死しました。関係者でも緒形拳さんが闘病しているとは知らなかったということで、多くの方にとって突然の出来事であり、衝撃的でした。同じように闘病生活を送っている方の中には、少なからぬショックを受けた方もいるのではないでしょうか。

実際問題として、緒形拳さんだけではなく肝臓がんで亡くなる方は、毎年数多くいます。そうしたことを防ぐためには、初期症状のうちに早期発見し、適切な治療を受けることが必要ですが、それが果たされないことも多々あるのです。

初期症状のうちは自覚がないことが多いため、何も気付かないうちに末期に近づいてしまうこともあります。緒形拳さんの肝臓がんをきっかけに、身近な問題として考え直してほしいと思います。他人事ではないことを知り、定期的な検査を受けることで、早期発見に向けての対策を取っておきましょう。


緒形拳さん急死…71歳、「肝臓がんで闘病中」の声も
10月7日17時0分配信 夕刊フジ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081007-00000019-ykf-ent

遺作となった「風のガーデン」のロケ。緒形さんは、中井貴一、神木隆之介、黒木メイサ(右から)らと家族三代を演じていた=8月4日、北海道・富良野(写真:夕刊フジ)

 映画「楢山節考」「復讐するは我にあり」などに出演、人間味あふれる骨太な演技で活躍した俳優の緒形拳(おがた・けん、本名・明伸=あきのぶ)さんが5日に入院先の病院で急死していたことが分かった。71歳だった。東京都出身。葬儀は7日、近親者のみで営まれた。午後から親族が会見するが、関係者によると、肝臓がんで闘病中だったとの情報もある。

 あまりに突然の悲報だった。

 緒形さんは昨年秋から激しい腰痛に見舞われ、12月に精密検査を受けたところ、腰椎圧迫骨折と判明。セメントで骨を固める手術を受けた。

 今年1月には退院し、声優を務めた映画「ライラの冒険 黄金の羅針盤」の会見では「もう大丈夫です」と笑顔で復帰をアピールした。このときの会見では「まだまだ死にません。しっかりと生きたい」と、言葉の端々に“死”を意識。激やせぶりが目立つようになっていた。

 心配した関係者が電話をすると、「元気、元気。オレは不死身だから」と答えたという。別の関係者は「公表はしていなかったが、肝臓がんで闘病していたらしい。全身に転移していたのではないか」と話している。

 緒形さんは、東京都立竹早高校時代に新国劇に憧れ、1958年に入団。辰巳柳太郎さんに師事。入団2年目には新国劇で上演された後に映画化された「遠い一つの道」でスクリーンデビューした。

 新人王の座を目指す学生ボクサーの役で、ぎらぎらした瞳の奥にあったのは同世代の人々と同様、少年期に味わった飢えの記憶だったのかもしれない。

 65年、NHK大河ドラマ「太閤記」の秀吉役で国民的人気を獲得。映画では社会に巣くう悪や市井に生きる人々の悲劇を描いた社会派作品で名声を確立。松本清張原作、野村芳太郎監督の「砂の器」で好人物の警官に扮し、「鬼畜」では愛人に生ませた子どもたちを手にかける小心な男を絶妙なバランスで演じた。

 佐木隆三氏のノンフィクション小説を原作にした「復讐するは我にあり」では、殺人を繰り返して逃亡する冷血な人物を人間味をのぞかせながら表現した。

 2000年に紫綬褒章を受章。長男の幹太(41)と年子の兄弟である次男の直人(41)は、ともに役者の道に進んでいる。