末期肝臓がん闘病記

末期の肝臓がんの転移を含めた症状や治療法、名医との出会いについての闘病記

闘病記―肝臓がん転移という現実


ガン治療に最も効果的な食事法

肝臓がん転移が進んでいくと、他の臓器まで病気に冒されることになり、手術でや抗がん剤治療では間に合わない状況に陥ります。そのため、予防を徹底するということが本来求められることになります。症状が悪化してから慌てるよりも、備えあれば憂いなしとばからに事前に対策を練っておくことが大切だというわけです。

私の場合には、肝臓がんの転移が進んで末期と呼ばれるところまで来てしまったので、根本的な完治ということは難しいそうです。健康的に規則正しい生活をしていたと胸を張って言えるだけの自信もありませんし、アルコールも毎日の晩酌で口にしていたので、せめて定期的に検査は受けておけばよかったと後悔しています。自分は人よりも特別健康だとは思っていませんでしたが、死を意識するにはまだ若いという気持ちがあり、そのことが油断を生んでいたのかもしれません。

まさか自分が肝臓がんにかかっていて、転移までしているなんて想像したこともなく、体に不調は感じていたものの、もっと軽い病気だと思っていました。分かっていれば治療を始めることもできましたし、元のように元気になれるなら手術を受ける事だっていとわないつもりですが、それすらも叶わない夢となってしまっています。完治はできないにしても、症状を和らげるために通院しているのですが、もう疲れたという気持ちがないかと問われれば、はっきりと返答はできないでしょう。

癌細胞が肝臓だけではなく他の臓器にまで転移してしまうという事態を招いてしまったのは、一つには自分の体への配慮のなさが要因でしょう。アルコールだって休肝日を設けたほうがよいとは知りながらも、結局実行に移すには至りませんでしたし、定期的に検査を受けていたわけではありません。深刻な病気になるなんてずっと先だという思い込みだけが心の拠りどころでした。

いざ病院で医師に呼ばれ、肝臓がん転移が見られるという告知を受けたときには、一瞬意識が遠くに飛んでいってしまい、急にどこか現実感のない光景のように思えてきて、宇宙人と語り合っているような気持ちになってしまいした。遠い惑星からやって来た宇宙人から地球の危機を告げられたような胡散臭さを感じて、こんな話は真剣に聞かなくても大丈夫だろうという気持ちがあったのです。病院を後にして帰路に着いてから、いつの間にか日没の時間帯になっていたことに気付き、夕日に照らし出された見ず知らずの民家を見ていたら、急に寂しい気持ちになってきて、これが死を意識することかもしれないと急に泣き崩れそうになりました。

肝臓がんが転移しているとなると、治療もままならないらしく、後は安静にして抗がん剤を服用するようにとの指示でした。医師の話が100%正しいものなのか、それともどこかに落ち度があるのか、しばらくはそこに焦点が当たっていました。まさか宇宙人ではないにしても、医師の話が絶対に正しいという保証があるわけではありません。もしかしたら、診断ミスということもあるかもしれないのです。

しかし、症状についての説明を受けた限りでは、もっともらしいことを行っていましたし、肝臓がんの転移を否定できるだけの材料は見つかりません。疑心暗鬼になる時間帯と、これが現実だと認識する時間帯とが交互に訪れ、頭のなかをかき乱していきました。こんなにも混乱したことなど、少なくともここ10年以上はなかったことです。若い頃には結婚やプロポーズのことで悩んだりもしましたが、今回はそんな前向きなものでもありません。

末期とはいっても、余命わずかというところまで来ているというわけではないので、治療をして延命をしているという状況です。少しでも肝臓がんがこれ以上転移しないことを祈りながら病院に向かうと、穏やかな表情で主治医が迎えてくれていて、かつては宇宙人のようだと失礼なことを思ったことを反省しながら、もしかしたら名医なのかもしれないと最近では思い始めています。自暴自棄にならずにいられる理由の一端は、主治医への信頼感が挙げられるでしょう。

若い頃には、アルコールの害といえば二日酔いと相場が決まっていたものですが、いつの間にかそんな呑気な話では済まされない年齢になってしまっていたようです。ストレスを抱えながらも仕事をして、必死に生きてきた結果がこれだと分かっていたら、もっと別の生き方を選択していたのかもしれませんが、それも結果論でしかありません。現実には転移は進んでいますし、症状は最期まで消すことはできないのです。

賢い人から見たら、もっと体調管理をしっかり行って、検査で早期発見していれば治療の方法だって充分にあったはずだという話でしょう。それができなかったからこそ、今の状況があるわけですから、あまり賢明ではない人生を送ってきたということなのかもしれません。それでも、今までの暮らしを全面的に否定するつもりはありません。

幸せな思い出もありますし、自分にはこの生き方しかなかったと断言することができるからです。肝臓がんが転移するまで放置しておいたことは後悔していますが、それをもって過去の全てまで否定してしまう必要はないでしょう。今でも、私を支えてくれる多くの人たちがいますし、それは病気が発覚しなくては気付けなかったことです。

検査結果が出て、動揺する私を励ましてくれた友人や家族のためにも、最期まで精一杯生きていくつもりですし、毎日の暮らしを大切にしたいと思っています。織田信長の時代には、人生は50年でした。そう考えると、今の日本人が男女通算平均寿命が約80歳というのは、30年も余分に生きられる計算になっていることになります。

たとえ平均的な寿命の長さに至る前に、肝臓がんが転移して死を迎えることになったとしても、無駄だったことにはならず、濃度が薄かったことにもなりません。太く短くを信条に掲げてきたわけではありませんが、末期と宣告された今、あえて背筋を伸ばして暮らしていきたい気分です。ここで暗くなってしまったのでは、何かに負けてしまったような気がするのです。

グラスに半分の水が入っているのを見て、半分しかないと捉えるか、半分も残っていると考えるかはその人次第。転移に負けず、余生を有意義に過ごすことはできるでしょう。