末期肝臓がん闘病記

末期の肝臓がんの転移を含めた症状や治療法、名医との出会いについての闘病記

緒形拳さんに肝臓がんの恐ろしさを見る


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緒形拳さんが肝臓がんで急死しました。関係者でも緒形拳さんが闘病しているとは知らなかったということで、多くの方にとって突然の出来事であり、衝撃的でした。同じように闘病生活を送っている方の中には、少なからぬショックを受けた方もいるのではないでしょうか。

実際問題として、緒形拳さんだけではなく肝臓がんで亡くなる方は、毎年数多くいます。そうしたことを防ぐためには、初期症状のうちに早期発見し、適切な治療を受けることが必要ですが、それが果たされないことも多々あるのです。

初期症状のうちは自覚がないことが多いため、何も気付かないうちに末期に近づいてしまうこともあります。緒形拳さんの肝臓がんをきっかけに、身近な問題として考え直してほしいと思います。他人事ではないことを知り、定期的な検査を受けることで、早期発見に向けての対策を取っておきましょう。


緒形拳さん急死…71歳、「肝臓がんで闘病中」の声も
10月7日17時0分配信 夕刊フジ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081007-00000019-ykf-ent

遺作となった「風のガーデン」のロケ。緒形さんは、中井貴一、神木隆之介、黒木メイサ(右から)らと家族三代を演じていた=8月4日、北海道・富良野(写真:夕刊フジ)

 映画「楢山節考」「復讐するは我にあり」などに出演、人間味あふれる骨太な演技で活躍した俳優の緒形拳(おがた・けん、本名・明伸=あきのぶ)さんが5日に入院先の病院で急死していたことが分かった。71歳だった。東京都出身。葬儀は7日、近親者のみで営まれた。午後から親族が会見するが、関係者によると、肝臓がんで闘病中だったとの情報もある。

 あまりに突然の悲報だった。

 緒形さんは昨年秋から激しい腰痛に見舞われ、12月に精密検査を受けたところ、腰椎圧迫骨折と判明。セメントで骨を固める手術を受けた。

 今年1月には退院し、声優を務めた映画「ライラの冒険 黄金の羅針盤」の会見では「もう大丈夫です」と笑顔で復帰をアピールした。このときの会見では「まだまだ死にません。しっかりと生きたい」と、言葉の端々に“死”を意識。激やせぶりが目立つようになっていた。

 心配した関係者が電話をすると、「元気、元気。オレは不死身だから」と答えたという。別の関係者は「公表はしていなかったが、肝臓がんで闘病していたらしい。全身に転移していたのではないか」と話している。

 緒形さんは、東京都立竹早高校時代に新国劇に憧れ、1958年に入団。辰巳柳太郎さんに師事。入団2年目には新国劇で上演された後に映画化された「遠い一つの道」でスクリーンデビューした。

 新人王の座を目指す学生ボクサーの役で、ぎらぎらした瞳の奥にあったのは同世代の人々と同様、少年期に味わった飢えの記憶だったのかもしれない。

 65年、NHK大河ドラマ「太閤記」の秀吉役で国民的人気を獲得。映画では社会に巣くう悪や市井に生きる人々の悲劇を描いた社会派作品で名声を確立。松本清張原作、野村芳太郎監督の「砂の器」で好人物の警官に扮し、「鬼畜」では愛人に生ませた子どもたちを手にかける小心な男を絶妙なバランスで演じた。

 佐木隆三氏のノンフィクション小説を原作にした「復讐するは我にあり」では、殺人を繰り返して逃亡する冷血な人物を人間味をのぞかせながら表現した。

 2000年に紫綬褒章を受章。長男の幹太(41)と年子の兄弟である次男の直人(41)は、ともに役者の道に進んでいる。